八勝館 御幸の間~伝統と革新が融合した和の空間!~

この1925年創業の名古屋を代表する料亭旅館は、あの偉大な芸術家、北大路魯山人ゆかりの宿としても知られ、食器や書などの作品が数多く残っています。ちなみに現在は料亭として営業しています。その建物のなかで今回ご紹介する「御幸の間」という部分は、1950年の愛知国体に際し、昭和天皇皇后両陛下の御宿泊のために造られたお部屋で、現在は料亭の広間として使われています。設計は茶室・数奇屋建築の巨匠、堀口捨己によって手がけられました。

建物一番奥の低い所にある御幸の間は16畳の本間、10畳の次の間、16畳の入側からなっています。この設計にあたり、堀口は桂離宮をお手本としたそうです。たとえば、高低差のある自然地形を生かした細い柱に支えられた高床や広縁、そして広間の土壁に配された三連の丸い下地窓などがそれに由来しますし、東側の庭に面して張り出した月見台もそうかと。桂離宮に対するオマージュなのでしょうねえ。

そして庭の眺めがすばらしいです。低い場所にあるので庭の苔がちょうど目の前に広がり、緑が目に入ってきます。奥には池があり、その水の音が聞こえます。池に反射した太陽の光が部屋の天井に映りこみ、その揺らぎが美しいです。天井は巾広の天井板が大和張りでせり出していて豪快ですね。木組みの納まりも美しい。室内から庭を眺めてみると、室内と庭との間には、奥の床の間との間に一段、外の庭との間に三段ものつなぎの空間が設けられ、空間の流れや連続性をうながしています。空間は開放され、内から奥に向け、そして内から外に向け抜けています。

そしてこの空間は茶室としても利用ができます。一般的な床、壁、天井をぐるりと空間とかまえた内向的なそれとは違い、天井は明るく、障子を開け放つと広い入側と月見台を経て周りを囲む庭の緑と一体となっています。ちなみに書院造りは床の間方向のみを見るようにつくられ、庭は室内から眺めるのではなく、庭を歩いて楽しみます。そして数寄屋は床の間方向に視線を向け、視線を回して庭方向を眺めるようになっています。この建築ではそれらの内外における関係性を一つのイメージにまとめているという感じですかね。床の間は変わった作りになっていますね。ふつうは床柱の立つ位置で一段上がって床の間となりますが、ここでは床柱より畳一枚分前に框が置かれています。これによって、床の間がもつあの独立した印象が薄くなっています。部屋と床の間の中間に畳一枚分の、部屋と床の間をつなぐ空間が生まれています。その他、天井の中央に帯のように埋め込まれた照明や椅子式の屋根付テラスや茶室の下地窓を付書院の火頭窓の代わりに配した点など、堀口の日本建築に対する新しい試みがなされています。これが堀口が行った伝統と革新の融合なんですね!

建築:八勝館 御幸の間

設計:堀口捨己

建築作品を見た雑誌等:住宅建築201010月号、JA57

建築のある場所:名古屋市

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