ソニービル~都市と建築との結節点を構築した存在!~

晴海通りと外堀通りが交差する数寄屋橋。そこに東京オリンピックの年である1964年に着工されたこの建築は、1966年に総合的なショールームビルという当時の日本としては斬新なかたちでオープンした銀座のランドマークです。最高の立地であるこの場所から話題性のあるコンテンツを発信し続けることで、この建物、いや、場所はさまざまな文化の起点へ変貌を遂げていきました。そんなこの建築を設計したのは芦原義信、おそらく彼の最高傑作ですね!

建物の外観は、ソニー製品の質の良さや正確性、そして機能的な美しさをイメージとして表現され、反射光と透過光とを組み合わせた二等辺三角形の断面を持つアルミ格子を考案して取り付けてあります。この形状によって、西側壁面は外観に内部の陰影を与えながら、夜にはなんとも不思議な色合いを作り出していました。晴海通りに面したエレベーターの外壁にも、2300個ものテレビ用ブラウン管がはめ込まれ、画像を自在に映し出していたのもまた圧巻ですよね。

そして数寄屋橋交差点に面した敷地の角に10坪程度の屋外公共広場「ソニースクエア」を設けていたのも特徴的ですね。ふつう交差点に面した敷地の角は、建物への出入口となりますが、ここではその一角を建物を建てないで利用したんですよ。歩道に対して斜め正面にエントランスがあって、その敷地の三角部分には、イベント等に活用できるスペースとして確保されたんですねえ。この33平方メートルほどの小さな庭では、四季の変化に応じた催しや展示のほか、新商品のプロモーションなどイベントやキャンペーンを展開され、ビルが立ち並ぶ都市空間の中に「日本一贅沢な庭」として、道路と建築以外に外部空間の少ない銀座の街に潤いを与えてきました。まさに日本における公開空地のはしりだと思います!

そしてそして、複合的なショールームを中心とするソニービルの機能をさらに高める構造として、芦原が考案したの「花びら構造」が有名ですよね!これは平面プランをそれぞれ100m2に区分した「田」の字型プランとし、さらにフロアの高さを900ミリずつずらしながらのスキップフロアとすることで、1階から8階にわたる全25層ものフロアが連続したひとつの空間となっています。中央の柱を中心に1周すると通常のビル1層分下がることになって、大きな螺旋階段みたいですね!縦型のプロムナードです!エレベーターで8階まで上がり階段を下ってくれば、ビルの中でゆったりとまさに「縦の銀ぶら(銀座をぶらつくという意味らしいです)」を楽しむことができ、ショールームに訪れる人々の動きを上から下へとスムーズに導きながらも、それぞれの展示を様々な角度から鑑賞することができます。すごくチャレンジした建築ですよね!!この場所に建てるなら普通のビルではダメだという、建主と設計者の想いを感じますね。ちなみにこのアイデアは、あのフランク・ロイド・ライトが設計したニューヨークのグッゲンハイム美術館を参考にしたとのこと。夜には、その「はなびら構造」の空間が外観にも表現され、銀座の道の延長のようにつくられた内部構造が視覚化され、内から見ても外から見ても革新的な建築になっていました。すごいなあ!

ほかにも人と人の出会いの場である1階玄関ロビーにはパネル・ヒーティングを設置したり、当時日本最速のエレベーターを導入したりと、設備的にも当時最新の技術を数多く取り入れ、人々に提供してきたこのソニービルは、高度成長期におけるソニーという企業の勢いをあらわしていますよねえ。

そんなソニービル。20166月に開業 50年を機に、営業を173月末に終了し、ビルを解体して、その跡地を1820年まで広場として活用開放し、22年に新しいビルをオープンさせるという計画「銀座ソニーパークプロジェクト」が発表しました。解体後に新しい建物をすぐ建てるのではなく、2年間広場として使いながら今後どういうものを作るか検討していくというのは変わっていますね。建て替えまでのプロセスを見える化しています。50年前には新しかった「ショールーム」という形式が、ネット社会の現在、未来においてどんな活用ができるのか。その方法までも考え、それを建物を都市と一体になって多くの成果を生んでいこうとしています。なんかわくわくしますね!どんな面白いことが起こるのでしょうか!!

建築:ソニービル

設計:芦原義信建築設計研究所

建築作品を見た雑誌等:新建築19667月号、ソニービルHP

建築のある場所:東京都

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