重森三玲庭園美術館~社家建築と調和した茶の湯のための庭園~

またこのランドスケープ録にて、その括りとは少しずれてしまうかもしれませんが、庭園を鑑賞したことについてとりあげてみようと思います!

京都大学の吉田キャンパスの周辺は、吉田神道で知られる吉田神社の境内となっています。京大正門のすぐ横には大きな赤い鳥居が構えていて、その門前にあたるこの界隈には神官の住まう社家の街並みが形成されていたそうです。そして現在では、そのおもかげが雰囲気として残っているかのような穏やかで閑静な住宅街が広がってます。重森三玲旧宅は、その吉田神社の社家である鈴鹿家の所有だったものを三玲が譲り受けたものそうで、彼はここを終の住処として過ごしました。この建物は吉田神社界隈で格式ある社家建築の趣をつたえる数少ない遺構であり、その文化財的価値はたいへん貴重なものとなっています。現在でも子孫の方が住まわれていて、邸宅内の東側にあたる書院と庭園のみが「重森三玲庭園美術館」として公開されています。この庭園、以前吉永小百合さんが出ていたシャープのアクオスのCMでも使われたことのある庭園だけに、見たことがあると思う方も多いのではないでしょうか。

敷地は406坪、江戸中期に建造された主屋と書院からなり、その後三玲が新たに自ら設計して建てさせた、二つの茶席と、自作の書院前庭や茶庭、坪庭から構成されています。三玲は唯一残された社家の保存を考慮して主屋と書院を部分的に補修して住んでいたそうです。

書院の前には三玲の手がけたダイナミックでモダンな枯山水庭園が広がっています。構成としては、鈴鹿家時代から置かれていた中央の平らな礼拝石の後に蓬莱島がつくられていて、その周囲に方丈・瀛州(えいしゅう)・壷梁(こりょう)の三島を置いた配置となっています。以前ブログで紹介した東福寺の庭園にもこれらの配置が用いられていましたね。石を屹立させた三玲お得意の手法もそこには表現されています。

そして旧宅では、ほとんどの部屋で茶の湯が嗜めるようになっています。三玲はその生活の一部としてほんとうに茶の湯を心から愛していたのですねえ。書院の北側には、1953年に茶室の「無字庵」が増築されており、斬新な意匠で構成されたモダンな茶室が展開されています。その後、無字庵の東側に坪庭を挟んで、「好刻庵」というもう一つの茶室が増築されています。この好刻庵方向からの眺める庭園の苔と石が絶妙なバランスですばらしいそうです。

そんな新旧が融合した場所であるこの旧重森三玲宅にある庭園。彼が作庭した数々の寺社庭園や個人宅の庭などに比べ、庭園が住まいであった江戸期の建物と調和し、茶の湯を中心にした日々の暮らしに則している点に魅力がありました。これからもどんどん彼の庭園を鑑賞して勉強していこう!

庭園:重森三玲庭園美術館

作庭:重森三玲

庭園をみた雑誌等:重森三玲(京都通信社)

庭園のある場所:京都市

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする