現目黒区総合庁舎(旧千代田生命本社ビル)~古き良き時代に生まれた建築を現代に開く!~

中目黒駅から程近くにあるこの建物は、かつて保険会社の社屋ビルで、建築家村野藤吾75歳の時の作品であり、また彼の代表作の一つとされています。敷地はおよそ16千平方メートル。駒沢通りに面した緩やかな高低差がある傾斜地を活かしつつ、本館、別館、エントランス棟が駐車場や茶室の屋上となる広場と細長く広がる池を囲んでいる構成となっています。高度成長期の真っ只中の1966年に竣工しただけあって、その外観や内部空間を見ると企業としてもうかっていたんだろうなあという印象がありますねえ。

この建築は、まず繊細で優美な表情のファサードが印象的ですよね。建物の外観は、アルミキャストと呼ばれる彫りの深いアルミ鋳物の格子によって覆われています。この意匠は町家の格子に影響されているとのこと。その格子の内側にはバルコニーが設けられています。太陽光が格子とバルコニーを通してやさしく変換されながら室内に差し込みます。これは、当時この周辺が住宅街であったことを考慮し、外壁が光を跳ね返すのではなく吸収するような工夫によって、窓を大きくとってオフィス空間に十分な明かりをとりながらも、鉄とガラスの光を跳ね返さないという相反する2つの課題をクリアしています。当時の最新技術が和の様式と融合したなんとも不思議な存在感を放っていますよねえ。

建物の南側からアプローチすると、エントランス棟の車寄せを覆った柔らかな曲線の庇が視線に入ります。この庇はランダムな配置の柱で支えられていて軽やかな印象を与えていますね。エントランスホールに入ると、床や壁は白い大理石張りで仕上げられています。中庭側にある池の水面に接している地窓からは、光が反射して天井をやわらかく照らしています。天井には、トップライトがあり、内側にはモザイク・フレスコ作家の作野旦平氏が制作したガラスモザイクによる四季が表現されています。そしてホールの奥には、ガラス工芸作家の岩田藤七氏による色ガラスブロックの袖壁があり、そこに照明がもうけられています。それらのやわらかな光が降りそそぐ静謐な空間はまるで教会の礼拝堂みたいです。なんかすごいな!

エントランスホールを抜けていくと本館にあるらせん階段がまたすばらしいんですよね!なんか浮いているみたいです!!緩やかな曲線を描くこの美しい階段は、構造的には柱で吊られている「吊り階段」となっていて、2階から4階の来客用のフロアをつないでいます。さらに手摺も細くて優雅な意匠ですねえ。階段の裏側部分も滑らかな仕上げになっていて、その細部にいたるまで村野のこだわりを感じることができます。

1階渡り廊下部分は、壁一面透明なガラスで、ここからの景観はすばらしいです。そして2階部分の渡り廊下部分には別館とのジョイント部分が蛇腹みたいになっていてそれがとても印象的ですね。縦に長くつくられたガラスブロックからはやわらかな光が差し込んでいます。

別棟には社内レクリエーション用に和の空間がもうけられていて、モダン数寄屋の名手でもある村野の腕がいかんなく発揮されています!しっかりと石灯籠や蹲踞、塵穴なども備えられて、露地空間の体裁がビルの中に整えられています。土壁の外壁には、しっかりと手前側に下地窓、奥側に連子窓があり、軒下を進むと躙口もしくは貴人口へと誘導されるわけですねえ。屋根が半割り竹を模した銅板葺きとなっていて、I型鋼の垂木で支えられられています。それらが深草たたきの土間とよく調和しています。茶室は京間の4畳半、京都の裏千家の又隠(ゆういん)の写しと言われています。茶室には台目床をはじめ、杉の面皮柱、そして照明器具をつくりつけて応用した近代的な籐編みの光天井、そしてもちろん茶道口、給仕口など、そこには侘び茶の空間が!!あ~、もっと茶室の勉強しないとなー。なんか色気がない図式的な説明にしかならない。。

池側には小間が二つ並んでいます。その前に失礼。池にもなにかありますね。「心」という字をくずした石組みが置かれています。これもこだわって職人と考えたんだろうなあ。あ、すみません。話を戻します。テラスが池に張り出す様にあるのは8畳の「しじゅうからの間」で隣は8畳の「しいの間」です。「しいの間」は窓の少ないオーソドックスな和室となっていて、「しじゅうからの間」は池の眺めが良い明るい和室となっています。池側にある障子が細い桟でモダンに組まれていてとても印象的ですねえ。天井は籐と葭で編まれ、その中の照明から光が編目を通した光天井になっています。通路を挟んで反対側にあるのが34畳の大広間「はぎの間」です。ここは主室と次の間の二部屋の構成となっていて、それぞれ円窓床と洞床が備えられてあります。柱の列が壁より前に出ていて一風変わって見えますね。しかし何だ!企業のビルの中とは思えないこの侘びのきいた空間は!!いい時代だったんだなあ。としみじみ思ったりしてしまいました。

しかしながらいい時代は続かないということですか。。生命保険会社の経営破たんが続いていた中、2000年に千代田生命は倒産してしまいました。そしてこのとき本社ビルと土地を購入したのが、当時の庁舎が手狭になって老朽化していた目黒区。昭和を代表する建築家村野藤吾の代表作の一つでもあり、また戦後建築物として価値の高いこのビルを解体してしまうには忍びないということから再利用にふみきったそうです。まあバブル崩壊後で財政が圧迫しているのに新らしく庁舎を建てるっていう雰囲気ではなかったというのが正直なところなのかな。でもそのおかげでこういう流れになったのは結果的には良かった!そして2003年に改修工事を経て目黒区総合庁舎として生まれ変わりました。改修工事では村野藤吾の設計意図を継承しながら、企業のビル空間を、「開かれた庁舎」として再生されました。タイトなスケジュールの中での改修はとてもたいへんであったそうですが、よく残してくれてさらにうまく活用にもっていってくれましたね。やるじゃない!目黒区!!

建築:現目黒区総合庁舎(旧千代田生命本社ビル)

設計:村野・森建築事務所

改修設計:安井建築設計事務所

建築作品を見た雑誌等:新建築1966年8月号、2003年4月号

建築のある場所:東京都

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