エストニア国立博物館~過去から未来へとつながる国の誇り!~

バルト3国の一番北側にある国、エストニアの、独立後初の国立博物館です。1991年、ソ連の崩壊とともに独立したエストニアでは、自国のアイデンティティーを築くための公約として国立博物館の再建が約束されていました。そこで2005年に博物館の国際コンペが開催され、最優秀案となったのは、パリを拠点に活動する建築家ユニットDGTDORELL.GHOTMEH.TANE / ARCHITECTS)の案。メンバーの一人、日本人である田根剛は当時、弱冠26歳で世界コンペで勝ち取ったわけです!すごいですね!!まあ、今の日本ではまずこんなことありえない。最近ですと彼らは2020年の東京オリンピック招致に向けて行われた「新国立競技場」の設計コンペで最終選考に残ったことでも有名ですよね。

建築は、エストニアの 首都タリンから南に180キロほどはなれたところにあるエストニア第二の都市タルトゥにあります。首都タリンの次に人口が多く、文化・学術の街として知られています。博物館の敷地は、当時ソ連空軍の滑走路跡だった場所です。彼らの案は、その負の遺産である滑走路と、新しい国のアイデンティティーを担う国立博物館を一直線でつなぐという斬新なものでした。この案でチャレンジングなのは、提案された敷地がコンペで指定されていた敷地ではなくて、その近くにあるこの軍事基地であったところ。よくない歴史の残骸が残っている廃墟部分を敷地にしている点です。彼らのコンセプトとしては、ソ連による半世紀以上にもわたる占領の歴史を痕跡として記憶から消すことなく、新たな意味をそこに付加することで、未来の希望へ向けていこうとするものでした。そんな過去を未来へつなげるためのアイデンティティーに位置づけた点が評価されたわけです。

建築は、長さ1.2キロからなる滑走路の延長線上に直結され、そこに延長するように建ち上がっています。徐々に傾斜を上げていって屋根に連続させていて、その姿は無限な空へと飛び立つかのようです。空へと立ち上っていくかのような力強い一本の線が空と大地を分けるその場所において過去から未来へと建築によってつながり、大地に刻み込まれています。その350メートル、幅70メートルの低層な建築はのびやかなフォルムが自然と調和しながらも、美しさのなかに希望を感じました。

正面からエントランス部分をながめると、キャンティレバーで大きく張り出ているキャノピーに覆われています。それが心地よい広場のような空間となって人々を出迎えます。両側の壁面がエントランスにすいこまれるように収束したデザインはいい感じにパースがきいています!ファサードはガラスで覆われていて、そのガラス面にはエストニアの伝統的なシンボルが印刷され、風景の映り込みによって変化していきます。

内部は、エントランスからはじまって多目的スペース、氷河期から現在まで、エストニアの歴史や民族についての収蔵品が展示された時の回廊としての展示スペース、カフェ、そして滑走路側にエントランスがあります。その直線的な動線が明快な配置によってコンセプトが空間として明快に打ち出されています。そして建物は谷をまたぐように配置されているのでそとの景色も最高ですね!

この国立博物館は、国の負の歴史から民族のアイデンティティを確立するための象徴です。負の遺産を建築の力によって希望へと変換する姿勢に感動しましたね。建築のすごさみたいなものを彼らは信じてこの建築を設計していたんだろうなあ。10年の歳月をかけて進められてきて2016年ついに完成したこの博物館がエストニア国民の誇りになることを期待したいですね!

建築:エストニア国立博物館

設計:DGTDORELL.GHOTMEH.TANE / ARCHITECTS

建築作品を見た雑誌:新建築201612月号

建築のある場所:エストニア

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする