東福寺方丈「八相の庭」~あるものを生かしながら造形したモダニズム庭園~

ランドスケープっていうくくりでとりあげていいのかわからないですが、庭園について勉強してみたいと思います!今回は東福寺方丈「八相の庭」について!!

日本最古にして最大級の伽藍のある京都の東福寺。この境内の中央に位置する方丈は、明治14年の火災により焼失後、明治23年に再建されたものです。この方丈の東西南北に配した庭園が完成したのは昭和14年。作庭は昭和の作庭家である重森三玲です。彼が手がけたこの庭園は、釈迦の生涯を意味する「八相成道」に因んで「八相の庭」と称されています。

この庭園は、三玲が昭和11年から13年までの3年間の日本全国古庭園実測調査を終え、日本庭園史図鑑全26巻を発刊した直後の作品で、従来の日本庭園の意匠形態にはない、独自の新しい発想のもとに作庭された庭園です。作庭にあたって施主から出された唯一の条件として、本坊内にある材料を、廃棄せず再利用してほしいということが提示されました。これは禅の教えである「一切の無駄をしてはならない」というものから提示されたようです。なかなか厳しい制約がつきつけられましたが、その中で美を最大限に追求した結果、斬新な庭園が生まれたといえます。新しい表現ってやっぱりそういうところから生まれるんだよな!そしてこの庭園が三玲が本格的に手がけた最初の庭園であるのにかかわらず、この仕事によって名が一気に知れ渡ることになります。

庭園は、東、南、西、北と、方丈を中心とした四方に作られ、それぞれの表現が異なる設計でありながら、全体のストーリーがつながるような構成となっています。

庫裏から庫裡と方丈を結ぶ渡廊下へと向かいますと、その左側には方丈の南庭が広がります。はい、ちょっと待ってください!ここで多くの人が左側にある広大な南庭の石組みに目が引かれてしまいがちだと思いますが、その反対側に目を向けると、方丈東庭があります。南庭と大きさが異なり狭い空間ですのでしかたないですね。その狭い空間の中には、7つの円柱の石組みと天の川を表す白川砂、苔、生け垣を配し、夜空に輝く北斗七星を見立てています。この北斗七星を表した円柱は、もともと東福寺にあった東司つまりはトイレで使用されていた礎石で、東司の解体修理をした際に出てきた余材。まあ早い話が廃材ですね。その材料を使用してほしいとの要望から、この表現に至ったとのことです。三玲は、日本庭園と四神相応の繋がりが深いことを知り、そこから星座表現した手法を用いたとのことです。

さあお待たせしました。南庭です。広大な枯山水の庭園ですね。南庭は方丈庭園の中でも最も広いおよそ210坪ほどの庭となっています。ここでは日本庭園における定型的な表現方法、蓬莱神仙思想より、蓬莱、瀛洲、壺梁、方丈の四神仙島を巨石によって力強く配置しています。その中の蓬莱、瀛洲、壺梁には、6メートルほどの長い石を寝かせ、その周囲を立石がバランスよく囲んでいます。このような石の扱い方は、古庭園ではほとんど例がない新たな提案でありました。奥には五山にちなんだ築山の苔地があり、円く描かれた砂紋の八海と苔地の区切りも斬新。モダンな空間となっています。従来は自然の山の表現であった苔山を、京都五山として表現し、しかもここでは一切石を使用せず、山の大きさや高さによって、造形的な美を追求しています。またこの築山のところは、斜線上に苔と白川砂の仕切りが設けられています。

南庭の苔地でできた築山を過ぎると、立体的で緑鮮やかな西庭へと変わります。西庭は、サツキの刈込みと葛石の使用によって表現された日本古来から伝えられてきた伝統的な市松模様の庭。

「井田(せいでん)の庭」とも呼ばれています。日本古来から伝えられてきた伝統的な市松模様を庭園に表現するという斬新なデザインです。サツキの刈込みの敷石に使われている葛石とは、社寺の建物の壇の先端にある縁石のことです。この葛石もリサイクルされた材料で、もとはこの方丈で使われていた縁石でした。人工的な直線の石を自然の山を模した築山や石組、樹木などを植えたところに使うのに使用するというのは通常の庭造りで考えられないことでした。しかしながらそれでも使用しなくてはいけなかったことから、三玲が考えた末に生み出したのがサツキの刈込みと合わせて市松模様にするという答えでした。作庭当時はサツキと白砂だけで構成されていたそうですが、現在では白砂部分が苔に覆われていて、それはそれでいいですね!

西庭の立体的な市松模様から、北庭はより刻みのある小市松模様へと変化します。この表現は西に誕生した仏教が発展的に東にひろまっていくさまを表したものです。西庭の市松を受け継いで、最初は規則性のある市松で配置されていますが、だんだんとそれが崩れていきます。最後は一つずつの石が東北方向の谷に消えていくという配置構成になっています。ここで使用されている四角い敷石は、勅使門から方丈に向けて敷きつめられていた切石をこれまた再利用したものだそうです。

いやあ、庭園って今まで何となく見ていただけなのですが、この重森三玲の庭園を見てから庭園に興味をもちはじめました。何か魅力的で他の庭園とちがうなと思っていて、勉強してみたのですが、こういう背景や考え方でこの空間が生まれていたんですね。もっと勉強していこうかな!

庭園:東福寺方丈「八相の庭」

作庭:重森三玲

庭園をみた雑誌等:重森三玲(京都通信社)

庭園のある場所:京都市、東福寺

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする