谷村美術館~達観した巨匠の建築は地面から生える洞窟へと~

この美術館は、日本最高峰の木彫芸術家である澤田政廣氏の仏像を展示した澤田政廣作品展示館です。そしてこの建築、建築界の巨匠、村野藤吾が手がけた遺作ともいえる建築物です。

施主であり、美術館の館主の谷村氏はこの美術品のコレクター、そして建設会社を経営していた実業家でありました。そう、村野藤吾が設計して施主の会社が建設されました。ちなみにこの仕事を受けた当時、な、なんと、村野藤吾は92歳、そして谷村氏は91歳というのに驚き!お二方ともエネルギッシュ!!

建築の外観は、まるで白い砂庭の中にうずくまっているかのようでいて、地面から生えてきているようにも見えます。建物に直線が見えなくて、地面が盛り上がっているかのようで、糸魚川の大地と建築が一体化しています。以前テレビで見たアフリカのマリの民家にも似ていますね。マリの民家は土でできていますが。

美術館の入口に行くと、瓦の塀があります。そこにある和風の門を抜けると、その塀の内側が回廊となっていて、美術館へのアプローチとなっています。回廊前には白い小砂が敷き詰められた前庭があり、むこうにその不思議な外観の建築がみえます。このアプローチであの建築、建築への期待感が高まりますね。いったいあれは何なんだ。いや建築だ。しかしだ。あれはなんだどうなってるんだ。あの内部はどうなっているんだ。そうだろう。

そんな想いで、その一直線に延びていく和回廊、いや何か和風とかそんなんじゃないなとも思いながらもその回廊歩いて美術館へと進みます。日本の神社や寺にあるような瓦屋根をのせた細い回廊なんですが、の壁は床から直角に立ち上がっているのではなく、床と壁が弧を描いてつながっています。床が壁に立ち上がっているような、あるいは壁が床に溶け込んでいるような。前庭には木も大きな石もなく、石灰岩の砕石のみが敷かれて、一見殺風景にもみえます。その向こうに異様な形が連続する美術館の建物があります何度もすみません。だってこのアプローチがじらすし、建物の存在感がすごいもんですから。しかしこれは冬の光景も気になりますね!

回廊から美術館内部に入りますと、館内には、湾曲した半円形の部屋?洞窟のような部屋?の中に木彫仏像10体が展示してあります。いや、安置されています。いびつなその部屋の1区画ごとに仏様が、湾曲した壁面を背にして立っているんです。そういえば洞窟のなかにこういうふうに仏様が置かれている光景を田舎のお寺の敷地で見たことがあります。

建築の内部は、外の自然光が調節されていて、壁と天井が一体となった曲面によって構成されています。そのなかは、ほんと石の洞窟ですよ。そして我々美術館に訪れた鑑賞者は、その有機的な空間の中を歩み、それによる空間の変化を感じながら進み、仏像が安置されているアルコーブに動線を導かれます。柔らかでほのかな光の中で、仏像は浮かびあがるようなありがたい存在となっています。

トップライトから落ちる光が、人工の間接光とかさなりあって、光りの加減がなんともいいですね。壁や天井がなめらかな曲線のせいか、仏像に誘い込まれるような気分になります。その奥行きある空間に仏像が見えそして隠れながら、なんとも光が神々しく、いや仏か、まあそう感じるわけですよ。

廊下にも直線部分はありません。花びら状の平面からなる部屋の連続にしたがって通路がひとりでに現れてきますそれは何か、生命体の内部のひだのようにも感じます。外観の印象は石ののような堅さのようなものを感じる存在であったのに、内部はこうなめらかでやさしくやわらか、ぶつかるもの、意識にひっかかるようなものがありません。ふわっとしたとらえどころのないような浮遊感があります。そして柔らかい光に浮かぶ、慈愛の気分に満ちた仏像を眺めると、穏やかな心持ちになります。何かトップライトはその上に極楽があって、お釈迦さまがどうもこんにちはと声をかけてくれる、そんな気がしますよ。光の井戸です。あれは。

なんだろう、90歳を超えてくると、あんなにも達観した空間がつくれるのか。それはそこまでいかないと見えてこない。たどりつかないものなのではないかとも思いますね。晩年の傑作です!

建築:谷村美術館

設計:村野・森建築事務所

建築作品を見た雑誌:新建築19841月号

建築のある場所:新潟県

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