猫を飼いたいなと思う症候群につき

猫を飼いたいなと思いたちました。そんな動機からこのブログにこの文章をくわえたいと思います。

昔実家に猫を飼っていましてね。雑種の拾い猫でした。誰が拾ってきたんだっけ。たぶん兄弟だと思うのですが、思い出せないな。まあ、いいか。どちらかと犬派だった私。その飼っていた一匹の猫を生き死にを見送ってから、どこか心に変化が生まれたわけです。その変化は、いつの間にか自分で猫を飼ってみたいなというおもいにかられていました。そう思い立ってから、猫が気になるわけです。どうしてしまったのだ。何があったのだ。さびしいのか。いや、違う。そんな感情ではない。

道を歩いているとき、車に乗っているとき、自転車をこいでいるとき。彼らからの何ともいえない言葉にならない、というか、彼らはしゃべれないのだけれども、その視線は、おい、お前、猫飼ってみないか。とういうことを私に訴えかけているかのようです。解釈が勝手すぎますが。

以前猫侍というドラマがたまたまやっておりまして、つい最後まで見てしまいました。岩合光昭の猫歩きという、写真家の岩合光昭さんが世界の猫を撮影している番組をたまたま見てしまって、ずっと見てしまいました。そして岩合光昭さんの写真展にも行ってしまいました。猫はいいもんですな。あしのところとか。気ままなところもいいではないですか。

今は動物を飼ってはいけない賃貸なので、だめですが、今に環境をととのえて、猫をむかいいれようとなど、考えているわけです。もしかして猫ブームに自分が乗ってしまったのでは。いや、違う。そんな流行で命を預かるなんてことはいけない。純粋に猫という動物を飼って、何か勉強したいのだ。そうに違いない。

そういうことで、このブログでは猫を飼うというなんだろう、意味にも到達しえない目標にむかって、そのプロセスを記録していこうと思うのです。おい、すぐどっかでもらえばいいじゃないか。という人もいると思いますが、はい、私、自分の意志においてペットを飼ったことがありません。実家に犬も猫も鳥もいました。しかしそれは、家族の意志による、私にとってはきわめて受動的なものだったわけです。犬のときは確かですが、母親がもらってきました。たしか、前の飼い主さんが事情があって、犬を飼えなくなってしまったわけです。鳥はたしか、亡くなった祖父からのクリスマスプレゼントでした。なぜ鳥だったのかはわかりません。でも一生懸命世話しましたね。猫は前述したとおりです。

このブログは猫との生活を実現するためのものです。私自身のこころがまえのためのものと言っても過言ではないでしょう。目標は猫と住む家を建てること。ですね。そう考えるとけっこう時間がかかりそうだ。家を建てないといけないんだから。いやでも大切だ。猫は家につくっていうしな。気長に準備していくしかないよ!

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする